子どもを放射能からまもる会in千葉
終わりの見えない福島の原発事故。情報を集め、調べ、必要な声を上げて行こう

毎日平和でくらしたい」 阿部一子さんを囲んで

「毎日平和でくらしたい」で紹介した阿部一子さんをお招きしての講演会が千葉で開催されます。
主催は「まもる会」と一緒にちば市民測定室を立ち上げた「ちば環境情報センター」です。ぜひご参加ください。

「2011年3月11日に始まる 阿部農園だより」
普通の農家の普通の暮らし。突然に降って来た放射能に右往左往しながらの1年間はどんなものだったのか。福島の美しい自然と3.11から始まる農家の暮らしのお話をしていただきます。

日時:2012年6月30日(土) 2:30~3:30
(お話の後、阿部さんを囲んで懇談します)

会場:NPO法人 ちば環境情報センター事務所
(千葉市中央区中央3-13-17きぼーる向かい 千葉駅徒歩15分 京成千葉中央駅徒歩7分)

講師:阿部一子さん(阿部農園)

阿部一子さん プロフィール  
1954年 原町市(現 南相馬市)生まれ。共立女子短大国文科を卒業後、東京都立足立高等保母学院を卒業。東京で4年間保育士として働き、夫の転勤の為 退職。福島、横浜、大阪を経て、90年4月、夫の実家の農業を継ぐことを決めて、4人の子どもと共に、福島へ。梨1.1ヘクタール、米1ヘクタールを栽培。現在85歳の義母、息子、夫と4人暮らし。


主催:NPO法人 ちば環境情報センター



毎日 平和に暮らしたい 2

福島市 阿部 一子 

 近所に住む娘の子どもがA型インフルエンザに感染して、保育園を一週間休みました。去年の十月には肺炎になり、入院もしました。放射線によって細胞が傷つき、免疫力が低下しているのではないかと不安になります。福島で子育てをしている若い人達の不安を思うと胸が痛みます。でもこの地を離れて暮らす人達も、経済的なことだったり、家族がバラバラだったりして、不安な毎日を送っているに違いありません。どちらを選ぶにしても、辛い選択でしかない現実です。
 
五十才を過ぎて、細胞分裂の鈍くなった大人にできることは(原発を容認してきた大人がやらなくてはならないことは)生活の場から、放射性物質を移動させることだと思います。どんなことをしても放射性物質は無くならないものだということは、はっきりしています。三十年経ってもセシウム137は半分になるだけです。使用済み核燃料を六ヶ所村へ持って行くのも、高レベル廃棄物を地下処分する計画も、すべて移線でしかありません。
 
庭の芝生を剥ぎ取って、隅に穴を掘り埋めておく。やらないよりは、やった方が“マシ”でしょう。泣いて後悔するより笑って後悔するためにも、家のまわり、梨畑の移線に精を出しています。
 きつい、きたない、きけん、最上級三Kの仕事は続きます。マスクにゴーグル、ゴム手袋に手ぬぐいの頬かぶり。ゴム長ぐつに雨ガッパ。見かけなんかど-でもいいのです。ヒバクしないための重装備。夫と二人言葉少なく、黙々と梨の木の粗皮削りをしています。木下にゴザを敷いて、削った皮を集め肥料袋に入れて行きます。一杯になった袋は畑の隅に保管。保管場所は決まっていないので、とりあえずの刈置場。この所雪が多く、放射線は雪で遮へいされているので、空気線量は0.5マイクロシーベルトですが、刈置場は1.6マイクロシーベルトになっています。福島市のゴミ焼却炉にはセシウムを除去するフィルターが取り付けられているそうで、それなら、削った皮をゴミに出してもいいのではないかと思ったりもしますが・・・。とりあえずはガマン。

 粗皮削りをすると、どれ位放射線量が下がるのか、自分の目で確かめたくて、測定器(サーベイメーターラドアイ)を購入しました。一平方メートル当り二万八千ベクレルの樹皮は三分の一の八千ベクレルになっていました。確実に下がっています。高圧洗浄機で洗い流したら、もっと少なくなるはずです。
昨年から、JA新ふくしまの農業経営塾に参加しています。その仲間が集まって、自分達の園地の土には、どれ位の放射性セシウムがあるのか測ってみることにしました。二日かけて、五千ポイント。我家の畑も百ヶ所測りました。放射線量の高い土を剥ぎ取り、集めて菜の花やひまわりを植えてみようということになりました。それを継続的にやって行こうと経営塾の仲間が集まり、二月十五日「ふくしま土壌クラブ」を結成しました。

 家族を避難させ、福島に残って畑の除染をして、いつか家族をよび戻そうとしている人、子どもが再び畑をかけまわれる土に戻したいと若いお父さん。就農を決めた矢先の原発事故で、これ以上の酷さは考えられず、素晴らしい出発点になったと笑顔で話す青年。共に目標は放射能不検出の果物。福島の果実農家の若い人達が、ここで農業を再生させるんだいう熱い思いが伝わって来ます。福島の未来は原発事故の収束にかかっています。余震の多さが気にかかります。



毎日平和で くらしたい3


福島市 阿部 一子  

 東京電力福島第一原発の事故から一年が過ぎました。初めて経験する放射能との闘い。終わりのない闘いにならないことを、ひたすら願っています。
 梨の木の除染のため、冬の間続けてきた粗皮削りがやっと終わりました。今は、梨の枝を棚に結んでいく作業に精を出しています。本来なら、3月いっぱいで終わるはずの仕事ですが、粗皮削りをしていたために遅れてしまっています。でも4月に入り、日が長くなったので、好天の日は夕方6時近くまで畑仕事ができるようになり、遅れた仕事を挽回しようと畑に立つ毎日です。
 
この1年、日々何かに追われているようで、気持ちが落ち着かず、頭の中は霧がかかったような状態です。それでも畑仕事があるので、前に向かって進んでいられるのだと思います。全村避難となった地域の農家の人たちは、春になって畑に種をまく季節をどんな思いで過ごしているのでしょう。自分の畑を再び耕せる日が来るのか、先の見えない不安を抱えて、つらい日々を送っていることでしょう。同じ農家として心が痛みます。
 
先日「ふくしま土壌クラブ」のブログに載せるため、メンバーの写真撮影をしました。どんな出で立ちで写真に納まろうかと考えたら・・・やっぱり「魔女」でした。(時々、魔女の姿で、おはなしの出前をしています。)
 遠い昔、人の生はいつも死と隣り合わせにありました。人は寒さで死に、飢えで死に、生まれたばかりの赤子も、愛する夫も、訳の分からないまま死の国へ連れ去られてしまう。大切な家族の命を守りたい、よみがえらせたいという願いを込めて、魔女は薬草を探し当て、祈りに替わるおまじないの呪文を作りました。自称3~9歳のミジュクな魔女は、フクシマの子どもたちが元気になれる特別愉快な、おまじないの言葉を捜している所です。
 土壌クラブのメンバーの若い父親は、ポケットから、4ヶ月になる愛娘の写真を取り出して、一緒に写真に納まりました。愛(いと)おしそうに、小さな娘を見つめる彼の姿に胸がいっぱいになりました。この子がいつまでも健康でいられますように、このお父さんが悲しむような日が絶対に来ませんようにと、魔女はとっておきの呪文を心の中でくり返し唱えました。
 
3月9日、東京電力から、自主避難に関する賠償請求の書類が届きました。対象は福島県全域ではなく、23市町村の約150万人で、そのうちの約30万人は子どもと妊婦です。地元に残った子ども・妊婦には40万円。自主避難した子ども・妊婦には60万円、それ以外の住民には一律8万円という賠償額の内容です。
 
原発事故の後、政府は「直ちに健康に影響はない」と繰り返していました。低線量の被ばくはすぐに病気になるということはないということなのでしょう。
 チェルノブイリから70キロ離れた放射能汚染の比較的高かった所では、事故後、15年ぐらいから、大人の6割が血液疾患、内分泌疾患、心臓病など何らかの病気を発病。17歳以下の子どもでは、1人で複数の病気を抱えているケースが多いと言われています。
 
今回、18歳未満の子どもの医療費を国庫負担にという要望は認められず、福島県が独自に取り組むことになりました。子どもだけでなく、大人も健康に不安を抱えています。健康な大人がいて、元気に子どもたちが育つということを、国も東電も忘れないで欲しいと思います。
 これから先のことを考えると、一時的な8万円より、生涯にわたっての医療費の保障を望みます。


関連記事

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://protectchildren311.blog.fc2.com/tb.php/375-7bb5d408
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。